民泊の避難経路図(避難経路の表示)は義務です。住宅宿泊事業法第6条と、国土交通省関係住宅宿泊事業法施行規則第1条第2号が、届出住宅に「避難経路を表示すること」を求めています。ただし記載項目の全国一律の一覧は法令にありません。ガイドラインは「市町村の火災予防条例により規制される地域もあることから、当該条例の規制内容を確認し、規定された事項を表示に盛り込む必要がある」とし、掲示については「必要に応じて避難経路を各宿泊室に表示することも望ましい」としています。
「避難経路図って、間取り図を貼っておけばいいの?」——開業準備や物件の引き継ぎで、よく聞く疑問です。実は避難経路図は、ただの間取り図ではありません。初めてその部屋に泊まる人が、暗い中でも・あわてていても、出口まで迷わずたどり着けることを目的にした“案内図”です。何を載せるか・どこに貼るか・中身が最新かが、地味に効いてきます。
そもそも自分の物件にどんな防災設備や案内が要るのか曖昧な方は、先に民泊に必要な防災設備まるわかりを読んでおくと、避難経路図がどの場面で働くのかがつかみやすくなります。ここでは「避難経路図そのもの」を、要素・掲示・よくある不備の順で見ていきます。
1避難経路図は「装置」ではなく「案内」
消火器や誘導灯のような“機器”と違い、避難経路図は電気も配線も使わない、紙やパネルの案内表示です。ただ、役割は軽くありません。火災や地震のとき、宿泊者が真っ先に頼るのが「どっちへ行けば外に出られるか」という情報だからです。土地勘も間取りの記憶もない人には、よくできた一枚の図があるだけで、動き方が変わります。
逆に言えば、図がなかったり、内容が古かったりすると、いざというときに人を間違った方向へ導いてしまうおそれがあります。「貼ってあるだけ」で安心しない。中身が今の建物と合っているかまで含めて一枚、という前提で読み進めてください。
2良い避難経路図に「載せたい要素」
避難経路図に載せるものに、一律の様式はありません。ただ、「初めての人が、迷わず出口に着ける」という目的から逆算すると、入れる要素は自然に決まります。まずは下の図で全体像をつかんでください。
現在地・出口・避難の経路
役割:「いまどこ」から「どっちへ」を一筋でつなぐ。まず宿泊者が「自分は今ここ」と分かる現在地マーク、次に玄関や非常口などの出口、そして両者を結ぶ経路の線。この3点がそろって初めて、図は“案内”として働きます。玄関がふさがれた場合に備えて、可能なら2方向以上の逃げ道を示しておきます。
消火器・設備の位置
役割:いざというとき手に取れる物の在りかを示す。消火器の置き場所や、誘導灯・非常口の位置などをあわせて示すと、初期消火や避難の判断がしやすくなります。ただし図に描いた位置と実際の置き場所がズレていると、かえって混乱のもとです。物を動かしたら図も直す。この一手間を怠ると、図はすぐ嘘をつきます。
多言語表記・ピクトグラム
役割:言葉が分からない人にも、ひと目で伝える。外国語を話す宿泊者が多い民泊では、日本語だけの図は読まれないことがあります。英語などの併記や、矢印・非常口マークといった絵記号(ピクトグラム)を使うと、言語に頼らず方向が伝わります。誰が泊まるかに合わせて作るのが、いちばん効きます。多言語の備えは外国人ゲストの避難をどう支える?でも掘り下げています。
上の3要素を紙に落とすときの「載せるもの一覧」が下の表です。様式が決まっているわけではないので、抜けを確認するためのチェック表として使ってください。
| 載せるもの | 具体的には | 抜けやすい点 |
|---|---|---|
| 現在地 | 「現在地」「You are here」の表示と、その部屋を示すマーク。部屋ごとに図を作り分けるのはこのため | 全室に同じ図を貼り、現在地マークが無い。 |
| 避難方向(2経路) | 玄関へ向かう主経路と、それがふさがれた場合の第2経路。矢印で方向を示す。 | 経路が1本しか描かれていない。窓・バルコニー経由の逃げ方が無い。 |
| 設備の位置 | 消火器・非常口・避難器具(避難はしご等がある場合)・火災報知器の位置。 | 消火器を動かしたのに図は昔の位置のまま。 |
| 緊急連絡先 | 119(火事・救急)と、施設の連絡先(管理者・運営会社の電話)。家主不在型は特に | 施設連絡先が旧オーナーの番号のまま。 |
| 多言語 or ピクト | 日本語+英語を基本に、非常口・矢印・消火器の絵記号を併用。 | 日本語のみ。文字が小さく、暗い中で読めない。 |
| 向き・方角 | 図の「上」と、掲示した壁を背にしたときの正面が一致している。 | 方角が実際と逆(左右反転した図を貼っている)。 |
法令との関係も、ここで一度整理しておきます。避難経路図は、消火器や誘導灯のように消防法で「設置しろ」と名指しされる設備ではありません。ただ、住宅宿泊事業法(民泊新法)では届出住宅の安全措置の一つに「避難経路の表示」が挙げられていて、届出のときに確認されます(家主居住型で宿泊室が小さい場合など、対象外の整理もあります)。加えて消防の立会検査や立入では、「宿泊者に逃げ方が伝わるか」という観点で掲示の有無や中身を見られ、指導が入ることがあります。要は、根拠は民泊新法、実際に見るのは消防も、という二段構えです。どこまで求められるかは物件と管轄で変わるので、最終的には管轄の消防署と届出先の窓口に確認してください。
3どこに掲示する?「見える場所」の考え方
どんなに良い図でも、見られなければ意味がありません。掲示場所は「立派な額に入れて飾る」ことより、泊まる人の目に自然に入るかで考えます。チェックインから就寝、いざというときの動線をなぞって、どこに貼れば目に入るかで決めます。
宿泊者の動線上に置く
基本は、宿泊者が長く過ごす客室の見やすい場所です。ドアの内側や、ベッドサイド、机の前など、自然と視線が向く高さに掲示します。複数の部屋や階がある場合は、各部屋・各階に用意し、その場所からの逃げ方が分かるようにしておきます。点検で見る限り、いちばん見られているのは客室ドアの内側です。
- 客室の見やすい高さに:座っても立っても目に入る位置。小さすぎず、剥がれにくく。
- 部屋ごと・階ごとに:その場所を起点にした経路が分かるよう、フロアに応じて用意する。
- 図の「上」と進む向きをそろえる:見た人がそのまま体を向ければ正しい方向、が理想です。
場所とサイズを具体に言うと、定番は各客室のドア内側付近(目線の高さ、床から1.4〜1.6mあたり)と、部屋が複数ある物件なら共用廊下・玄関ホールにもう1枚。サイズは客室内ならA4、廊下や玄関で全体図を見せるならA3が目安で、ラミネートか額に入れて剥がれないようにしておきます。凝るより「読める・剥がれない・部屋ごとに現在地が合っている」の3点が守れていれば十分です。
4よくある不備(古い・掲示なし・経路が違う)
避難経路図でつまずくポイントは、パターンが決まっています。点検や立入で指摘されやすいのも、たいていこの“いつもの顔ぶれ”です。下の図で、ありがちな不備と、その直し方のイメージをつかんでください。
「掲示なし」と「内容が古い」
いちばん多いのが、そもそも貼っていないか、貼ってあるが内容が古いパターンです。前のオーナーの図がそのまま残っていたり、剥がれて放置されていたり。さらに、改装や家具の入れ替えで間取りが変わっているのに図は昔のまま、というケースも目立ちます。古い図は「ある」だけで安心してしまうぶん、無いより始末が悪いことがあります。
「実際の経路と違う」
図の上では出口までスッと線が引いてあるのに、現地ではその道が家具や荷物でふさがれていたり、そもそも通れなかったり——という図と現実のズレも、よくある不備です。これは図だけ眺めていても気づけません。実際にその経路を歩いてみて初めて分かる種類のもので、避難経路への物品放置とセットで起こりがちです。机上のチェックで済ませず、現地で一度歩く。それだけで大半は見つかります。
見た目はきれいなのに、指摘される3つ
図はあるし新しい。それでも点検で立ち止まるのは、だいたい次の3つです。
- 現在地マークが無い:全室に同じ図をコピーして貼ると、こうなります。「いまどこ」が分からない図は、初めての人には地図として働きません。部屋ごとに現在地を入れた版を作り分けるのが直し方です。
- 方角が実際と逆:間取り図をそのまま縮小して貼ると、壁に向かって立ったとき左右が反転していることがあります。図の上と自分の正面をそろえる。貼る壁ごとに回転させた版が要る、ということです。
- 家具を動かした後、更新されていない:ベッドの向きを変えた、収納を増やした、消火器を廊下に移した。どれも図の線が通れない線に変わる出来事です。模様替えのたびに図も直す、を運用に組み込んでおかないと、半年で古くなります。
5避難経路図は「作って終わり」ではない
ここまでで分かるとおり、避難経路図の本当の難しさは「一枚作ること」ではなく、建物の今の姿と合わせ続けることにあります。作るだけなら一度で済みますが、改装や模様替え、家具の追加があるたびに、図と現実はじわじわズレていきます。避難経路図は定期的な見直しまでが一続きと考えるのが現実的です。
今の建物に合わせて作る
現在の間取り・出口・設備の位置を反映し、現在地から出口までの経路を分かりやすく描きます。必要に応じ多言語やピクトも添えます。
動線上の見える場所に掲示する
客室など、宿泊者の目に自然に入る場所へ。部屋・階ごとに、その場所からの逃げ方が分かるように整えます。
変化のたびに見直す
改装・家具移動・物品放置で実態とズレていないか、現地を歩いて定期的に確認し、必要なら作り直します。
この「見直し続ける」管理は、物件が1棟なら何とかなっても、複数になると一気に追えなくなります。点検・報告の周期とあわせてどう回すかは、民泊に必要な防災設備まるわかりもあわせて確認しておくと、全体の段取りがつかみやすくなります。
6自分で作ろうとすると、意外に手間がかかる
「図くらい自分で描ける」と思うかもしれません。たしかに線を引くだけならできます。ただ、“いざというとき本当に使える図”にしようとすると、次の3点で引っかかります。
- 経路の妥当性の判断が難しい:本当にその道で安全に逃げられるか、第2の出口は要るか、は素人だと迷いやすい部分です。
- 設備や掲示と一体で考える必要:消火器・誘導灯の位置、掲示の場所まで含め、物件ごとに過不足なく設計する手間がかかります。
- 更新が続く:作って終わりではなく、変化のたびの見直しを抜け漏れなく回し続ける必要があります。
要は、図を一枚描くことより、「自分の物件で本当に逃げられる経路を見極め、設備・掲示・更新までを一気通貫で回すこと」のほうがずっと骨が折れます。物件が増えるほど、この負担は急に重くなります。
費用の話も先にしておきます。避難経路図を業者に頼むと、一般に公開されている目安で1物件あたり数千円〜数万円程度。図面の有無、部屋数、多言語の点数で幅が出ます。設備工事や点検と切り離して「図だけ」を単発で頼むと割高になりやすく、JSIでは設備の設置・点検とセットで作成し、設備を動かしたときの更新もその流れの中で行います。自作なら費用はゼロですが、経路の妥当性と方角だけは一度資格者の目を通したほうが安全です。正確な金額はお見積りでご確認ください。
7よくある質問
Q避難経路図は、すべての民泊で掲示が必要ですか?
Q市販のテンプレートや、間取り図をそのまま貼ってもいいですか?
Q外国語の宿泊者が多いのですが、何語で作ればいいですか?
Q図はどのくらいの頻度で見直せばいいですか?
Q避難経路図は消防法の義務ですか? それとも民泊新法ですか?
Q業者に頼むと、いくらくらいかかりますか?
根拠にした一次資料
この記事の数値・条文名は、下記の法令原文・通知・統計を実際に開いて確認したものです(最終確認 2026年9月27日)。記載のない数字は載せていません。
- 住宅宿泊事業法(e-Gov 法令検索)
第6条(届出住宅について、非常用照明器具の設置、避難経路の表示その他の火災その他の災害が発生した場合における宿泊者の安全の確保を図るために必要な措置を講じなければならない) - 国土交通省関係住宅宿泊事業法施行規則(e-Gov 法令検索)
第1条第2号(届出住宅に、避難経路を表示すること=避難経路の表示は届出住宅の義務) - 住宅宿泊事業法施行要領(ガイドライン)(令和6年12月24日 最終改正・PDF)
2-2.(2)② 避難経路の表示にあたっての留意事項(市町村の火災予防条例により規制される地域もあることから、当該条例の規制内容を確認し、規定された事項を表示に盛り込む必要がある。間取りや立地を踏まえ、必要に応じて避難経路を各宿泊室に表示することも望ましい。住宅周辺の状況に応じ、避難場所等に関する情報提供を行うことが望ましい)/2-2.(5)④ 火災の防止のために配慮すべき事項として、ガスコンロの元栓の開閉方法、消火器の使用方法、避難経路、通報措置等 - 民泊の安全措置の手引き(国土交通省住宅局建築指導課/令和6年4月1日 第5版・PDF)
1.(1) 非常用照明器具(宿泊室と、宿泊室から地上に通ずる避難経路は原則必要)=避難経路図に書く経路と、照明を付ける経路は同じ範囲で考える - 消防法施行令(e-Gov 法令検索)
第26条第1項第1号・第2号((5)項イの避難口誘導灯・通路誘導灯)
法令・通知・告示は改正されます。リンク先の最新版と、管轄消防署の運用をあわせてご確認ください。JSIは消防設備士の有資格者が運営していますが、本ブロックは出典の提示であり、個別物件についての確定的な法的判断ではありません。